前回、以下の内容について解説しました。
- 声は「大きさ」ではなく「響き」で歌うもの
- 基本はフクロウの声
- 母音を響かせる場所を知る
今回は以下の内容です。
- 姿勢及び呼吸
- 息は骨盤から吸う
- 吸気はエネルギー補給
- 吐く時はクラシックバレエの1番
姿勢及び呼吸
姿勢は音楽に限らず、どの種目でも大切に考えられていますが、正しく指導を受け、正しく実践できている場面はそう多くないのが実態ではないでしょうか。今回の解説が少しでもお役に立てば幸いです。
さて、いまだに「お腹に空気を入れて」といった指導を今でも耳にすることがありますが、実際にそんなことが起こったら気胸という、手術を要する大変な状況です。MRIやエコーなどで体内の実際の様子を映像として見ることができない限り、体内で何が行われているかを可視化することは難しいです。そんなことを実際にやってみた人がいます。ベルリン・フィルのホルン奏者であるサラ・ウィリス氏がYouTubeに興味深い動画をあげています。呼吸以外の部分もありますが、興味のある方はぜひご覧ください。
息は骨盤から吸う
息の入る肺はただの風船ですから、自力で呼吸はできません。肺の周囲の筋肉がはたらくことで肺が広がったり縮んだりします。これが呼吸です。
胸式呼吸の場合は胸鎖乳突筋など、肺の上部にある筋肉が肋骨を拡張させ肺に空気を引き込みます。肺の後ろには僧帽筋など大きな筋肉が多いので十分ほぐす必要あります。肩は鎖骨、肩甲骨、上腕骨の3点セット。肩には喉頭からの筋肉があるため、歌うときに重要になります。背中と骨盤周辺が硬いとその影響が腰痛となって現れることが多く見られます。
腹式呼吸の場合は、横隔膜が下に下がることによって肺に空気が入っていきます。体内で横隔膜より上を肺ですから「空気の層」、横隔膜より下は内臓と筋肉なので「肉の層」と言われることがあります。「空気の層」の最下部である横隔膜が「肉の層」によって下に引っ張られていきます。そうなると押し下げられた横隔膜によって内臓が圧迫されます。その結果、お腹が膨らんだように見えるのです。先ほど紹介したサラ・ウィリス氏のYouTube動画でも可視化されいます。「空気の層」の最下部でもあり「肉の層」の最上部が横隔膜だとしたら、「肉の層」の最下部はどこになるでしょう? それが骨盤底筋群であり、一般的にこの「肉の層」の部分を「体幹」といいます。息を吸うときは横隔膜ばかりを意識しがちですが、肉の層がオモリとなって肺を下に引っ張り膨らますイメージの方が体全体で息を吸うことができます。股関節を固めていると、骨盤底筋群が動きにくく、呼吸の動きを妨げる原因となります。従って、股関節周辺を緩めておけば、呼吸もスムーズになります。股関節周辺を緩めるアクティブストレッチメニューとしてヒップウオークがよく知られています。ヒップウオークは産後の骨盤矯正のメニューとしてよく知られています。また、骨盤底筋群を緩める重要性についてはヨガやピラティスでも説かれているようです。実際に練習にヒップウオークを取り入れている学校もあります。
実際に歌ったり楽器を演奏したりするときには、腹式呼吸を使って横隔膜を下に引っ張ることも、胸式呼吸を使って肋骨を広げることもどちらも必要になります。
吸気はエネルギー補給
武道などでは呼吸が大事にされますが、音楽の世界でも呼吸はとても大切です。ただ、呼吸の話になると胸式呼吸や腹式呼吸の話になりがちです。呼気がエネルギーの放出ならば、吸気はエネルギー補給です。墨や絵の具を筆に含ませている状態です。次にどういう線を描くか、どういう色彩で、濃さで塗るか決まっていなければなりません。音楽も同様で、次にどういう表現をするのかをイメージして息を吸う必要があります。真に美しい音楽はブレスの音でさえ表現の一部となるものですが、このイメージが足りないと常にブレストレーニングの時と同じ吸い方になってしまいます。
呼吸は発声の生命であり、その重要性は言い尽くせない。
これはスイスの名テノール歌手、エルンスト・ヘフリガー(1919-2007)の言葉です。ヘフリガーは、カール・リヒターとミュンヘン・バッハ管弦楽団、合唱団との共演によるバッハの主要作品ではほとんどのソリストを担当していました。優れた声楽教師でもあり、1983年に出版した「Die Singstimme(歌声)」は人間の声の歴史、声楽教育に関する考察、声楽教育における5つの要点に分けられており、日本語版は1992年に小椋和子氏によって翻訳、シンフォニア社から「声楽の知識とテクニック」というタイトルで出版されました。残念ながら現在は絶版となっています。
トレーニングにより「鍛える」ことと美を意識して「磨く」こと。この両輪が必要です。我々は音楽という美に関わる活動を行っているのですから、常に「美」を意識した呼吸を指導したいものです。
吐く時はクラシックバレエの1番
正しい姿勢とは
- 壁面に背中をつけて立ちます。
- かかと、お尻、肩、後頭部も壁面に接着させます。
- さらに、肩の後ろに手が入らないように肩をあげて少し後ろに引き、壁面につけます。
↓
自然と大臀筋、腹筋群が引き締まり、胸が広がり上がります。(クラシックバレエのパラレルの状態 イラスト参照)
反対に、正しくない姿勢とは
- 胸が落ちている
- 壁面についているべき箇所がついていない
- 姿勢を保つための筋力が働いていない
この呼吸時の姿勢を保持するためにインナーマッスルが必要になります。ただし、固まってはダメです。姿勢は保持していますが、関節はいつでも動かせる状態が望ましいのです。
頭・顎の位置
脊椎の上にバランスをとりながら頭蓋骨が乗っていて、顎は頭蓋骨からぶら下がっている付属物です。従って、正しい位置に置いておかないと筋肉が頑張って悪い位置を保とうとしてしまいます。その結果、喉周辺の筋肉に力が入る事になります。当然音も硬くなりますし、すぐに疲労することになります。
特に多くみられるのが、一生懸命になりすぎて頭が前に出過ぎている姿勢でいる
口(唇)を大きく開けすぎ、結果的に不自然な表情で歌っている
このような演奏姿勢は、全国大会に出るような学校にも見受けられます。
また、顎に力が入っている場合も同様です。歯科的にはリラックス・ポジションと呼ばれているものがあり、完全にリラックスした状態では顎はただぶら下がっているだけなので、歯は噛み合わないし、唇も閉じない状態です。よく、正しい口の形を記したイラストなどが教科書などに載っていますが、あれらは全て余分な力を入れるための方法になっているので、参考にしないことをお勧めします。
舌は顎の骨に付着しているため、顎と関係を持って動きます。その為、口を大きく開けて歌う人は顎と舌に過度な負担をかけ、自ら歌いにくくしていることになります。母音の発音と口唇部の形は無関係であることはあまり多くの人に知られていません。声楽を学んでいないと口を大きく開けることが重要であると認識されておられる方もいらっしゃいますが、唇は閉じ気味にした方が響きのある声を獲得しやすいのです。
声楽はイタリアとドイツに代表されますが、ドイツではすべての母音に「ウ」の響きを伴うと教えることもあります。前回紹介したフクロウの声に通じるものがあります。
パラレルで立ち、1番で吐く
上記イラストの立ち方はパラレルといい、クラシックバレエの立ち方の中で6番と呼ばれることもあるそうです。息を吸い終わった状態の後、まずはこの姿勢をとります。そして、息は吐く時には1番の立ち方に変化させます。パラレルと1番の違いは、両足のかかとをつけ、つま先を外側へと開いたポジションが1番です。足は180度開きます。つまり、右の足のつま先から、左の足のつま先までが一直線になる姿勢です。足首だけを動かして足を開くのではなく、足の付け根から足全体を外側へと開いていくのがポイントです。
パラレルから1番の立ち方に変化していく時にさらに腹筋やお尻が引き締まっていくことが実感できると思います。この筋肉の緊張を利用して、息を吐く(肺から押し出す)のです。実際に演奏する時に、毎回これらの足の動きを行うわけではありません。
実際にやってみましょう
パラレルで立つ(全身に程よい筋緊張が入っている)
↓
その緊張を緩めながら息をたっぷり吸う(緩めながら吸うと、もともと引き上げられていた横隔膜や骨盤底筋が自然と下がっていくことが実感できるはずです。ただし、この姿勢からですと、胸の上部に息が入りくいので、肋骨上部もしっかりと広がるように限界まで吸うつもりがいいでしょう。)
↓
吸い終わったらパラレルの姿勢に戻したのち、つま先を外に広げて1番の姿勢にします。
↓
十分に緊張した腹筋やお尻の筋肉を利用して、息を吐き出し続けます。その時に、筋肉の緊張を最後まで緩めないことが大切です。
どうですか? ものすごく疲れるのと引き換えに、全身を使って息を吸い、息を吐くとはこういうことか!といった実感が持てたのではないでしょうか。
正しい姿勢と正しい筋肉の使い方を知れば、声は飛躍的に良くなるものですね。
次回は、
- 美しい呼吸の出発点(吸気)
- 呼気時のブレスコントロール
- オープンスロート(あくび喉)の重要性
です。
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